株式会社ワン・パブリッシングは、さまざまな企業のSDGsに関する取り組みとその活動を、インタビューを通して紹介しています。17回目は、テクノロジーを駆使して「人類の孤独」という課題の解決に挑む、株式会社オリィ研究所です。
同社は、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発し、移動や外出が困難な人々が社会とつながるための場を創出しています。その取り組みの一つが、東京・日本橋で2021年から営業している「分身ロボットカフェDAWN ver.β(以下、DAWN)」です。
このカフェは移動困難な人々が、自宅からロボットを遠隔操作・発話して「パイロット」として働いています。入口で利用客を出迎える受付や、店内のあちこちに飲食物を運ぶウェイター・ウェイトレス、各テーブルでオーダーを受けたり、話し相手になったりするスタッフなど、大小さまざまなOriHimeに「人の心」を宿す形で、あらゆる仕事が行われています。
今回はDAWNへ足を運び、同社の共同創業者 代表取締役所長 CVOの吉藤オリィさんと、DAWNオープン時から勤務している公認パイロットの「ちふゆ」さんを取材。記者が座ったテーブルには、ちふゆさんが自宅から遠隔操作するOriHimeが備え付けられており、「オンライン取材」なのに対面取材でもあるような、不思議な距離感でお話をうかがうことができました。
↑DAWN入ってすぐの受付で利用客を出迎える、大型の分身ロボット「OriHime-D」。
<プロフィール>
株式会社オリィ研究所 共同創業者 代表取締役所長 CVO 吉藤 オリィ(よしふじ おりぃ)
小学5年~中学3年まで不登校を経験。
早稲田大学在学中、孤独の解消を目的とした分身ロボット「OriHime」を開発し、2012年株式会社オリィ研究所を設立。分身ロボット「OriHime」、意思伝達装置「OriHime eye+ switch」、車椅子アプリ「WheeLog!」、寝たきりでも働けるカフェ「分身ロボットカフェ」等を開発。
グッドデザイン賞2021全作品の中から1位となるグッドデザイン大賞、メディアアート界のオスカーとも言われるPrix Ars Electronica-golden nica他、国内外で受賞多数
公認OriHimeパイロット ちふゆ
前職は演劇やお笑いライブの舞台の音響オペレーターとして約15年従事。
2013年に慢性疲労症候群に罹患し、突然それまでのキャリアを断たれる。
2021年に日本橋に分身ロボットカフェDAWN ver.βが常設実験店として開店した時からOriHimeパイロットに参加。
それからはカフェ以外にも広島G7サミット、関西・大阪万博、海外イベントにもOriHimeで多数参加。
「社会」との隔絶を経て、「世界」と分身ロボットでつながる
__まず、ちふゆさんにお話をうかがいます。日本橋の常設実験店であるDAWNオープン時から在籍しているベテランパイロットなんですよね。ここで働くことになった経緯を教えてください。
ちふゆ「私はかつて、舞台の音響技術スタッフとして毎日元気に働いていましたが、2013年に慢性疲労症候群を発症してから外出が難しくなりました。5〜10m歩くだけで疲れ果ててしまうようになり、発症から1ヶ月後に退職を余儀なくされたんです。最初の数年はテレビを見ることもままならない状態で、夫が仕事に出かけると家で一人、ぼーっとしているだけの日々が8年ほど続きました。
その後体調が少し回復してくると、私は刑事ドラマを見ることにハマり、豊かな想像力(笑)でこんなことを考えたんです――「もし今、刑事さんが家に来て、私にアリバイを聞いてきたらどうしよう。ここ数年、社会から隔絶されている私のアリバイを、いったい誰が証明できるんだ?」と。
強烈な孤独と焦りを感じていたある日、SNSで『分身ロボットカフェ』のパイロット募集を見かけたんです。当時は今のような常設店でなく、期間限定の実験プロジェクトでしたが、『一方的に支援を受けるだけの自分を変えたい』、『私にもまだ何かできることがあるのではないか。一つでも二つでも、できることを増やしたい!』という思いが込み上げてきて、応募しました。
接客もロボット操作の経験もありませんでしたが、縁あって採用いただきました。OriHimeを通じてではありますが、海外出張もさせてもらえましたし、本当に自分の世界が広がりましたね」
↑ちふゆさんが、テーブルに備え付けられたOriHimeの首や手を遠隔で動かし、楽しいリアクションと共に接客してくれる。
__ちふゆさんの勤務歴=DAWNの運営歴ですから、もう5年以上になるわけですね。いま店内にいる何組もの利用客はほぼ外国人に見えますが、いつもそうなのですか?
ちふゆ「DAWNはコロナ禍にオープンしたので、当時は99%が日本人のお客様でしたが、いまは8~9割が海外からの方ですね。海外のテレビや新聞、SNSなどでDAWNが取り上げられることもあるので、情報を目にして来てくださるようです。働き始めた当初は、家にいながらロボットを通じて60か国以上の方と接し、英語や翻訳ツールを駆使して会話するようになるなんて、想像もしませんでした」
__この賑わいぶりのなか5年も働かれているわけですから、ちふゆさんは軽く千人を超える接客経験がありそうですね! 中でも印象的な出会いを教えてください。
ちふゆ「ウクライナから来店したお客様が、ご家族と離れて暮らすつらい体験を話してくださったときのことですね。返す言葉を持っておらず、なんと声をかければよいかと考えてしまいました。ただ、背景は違えど”外出がままならない“点に絞って見れば、私も同じようにつらい経験を持つ者の一人。体験をありのまま話すと、涙をこぼしながら聞いてくださいました。
それから、私と同じ病気を抱えているお客様が海外からいらっしゃったこともありました! 互いの気持ちが誰よりわかり、感覚が共有できたひと時は、本当に心に残っています。外出困難者同士で出会うことって本当に少ないですから、とても驚きました。
__それはすごいですね。その方は、ちふゆさんに会いたくて来店されたのですか?
ちふゆ「いえ、本当に偶然なんです。というのも私たちは通院や治療といった事情があり、フルタイムで働けるわけではありません。1時間交代制のシフトなので、目当てのパイロットがいるタイミングを狙って来店するのは難しいんです。だからこそ、尚更うれしい出会いでしたね。
DAWNは一般的な飲食店というより、テーマパークのようなワクワク感のある場所だと期待して来てくださる方が多いです。私たちも接客について画一的なやり方を押し付けられることはなく、個性を活かした働き方について試行錯誤しつつ、楽しんで仕事をしていますよ。現在は約100名のパイロットがいるので、誰と出会えるかお楽しみに!
↑見た目はロボットだが、目の前に人がいるような距離感で会話が弾む。
「コーヒー淹れてくれよ」。冗談から始まった、寝たきりの親友が”生きた証“を残すための挑戦
__続きまして、吉藤さんにもお話をうかがっていきます。DAWNはさまざまな事情で移動困難な人がボランティアとして参画するのではなく「仕事として働き」、しかも持続可能な「ビジネス」として成立させている点が素晴らしいですね。
吉藤オリィ(以下、吉藤)「国土交通省の調査によると、移動困難者は国内に約3400万人いると言われています。日本の総人口の約3分の1に上る数ですよね。それなのに、現代の基本的な社会設計は”体を自由に動かせること、移動できること“が前提になっている。
これほど多くの移動困難者が社会に参加するための手段や可能性を維持するには、補助金や寄付に頼るモデルだと限界があります。そこで『分身ロボットカフェ』が誰にでも再現でき、かつ持続可能なやり方として広めるためには、経済的に自立したビジネス設計だと証明する必要があるだろうと考えました」
↑DAWNと同じビルにオフィスが入っているため、しばしば様子を見に来店しているという吉藤さん。
__飲食店やサービス業は競争が激しいイメージがあります。それでも「カフェ」として挑戦を続けていらっしゃるのはなぜでしょうか?
吉藤「寝たきりの人が『社会に参加していくための一歩目』を踏み出せる場所を作りたい、という思いがあるからです。よく『体が動かないなら、テレワークで “頭脳労働”をすればいいのでは?』と言われます。しかし、それらは特殊なスキルや経験が必要なことが多い。社会人経験がない方や、怪我や病気で自信を失った方がいきなりコンサルティングやシステム開発に携わるのは、皆さんが思う以上にハードルが高いのです。
私の親友であり、オリィ研究所の代表秘書兼広報だった番田雄太(故人)がそうでした。4歳で頸椎を損傷し、寝たきりの生活を20年以上送ってきた人物です。そんな彼と私が、どうすれば『寝たきりでも社会に役割を持てるか』を考え抜いて行き着いたのが、カフェという形でした」
__番田さんとの出会いが、DAWNの原点なのですね。
吉藤「はい。もともと番田は、私の『秘書』として議事録作成やスケジュール管理をしてくれていました。しかし10年前のある日、私がメディアから取材を受けたときに、玄関へ記者の方を迎えに行き、番田が操作するOriHimeがいる部屋に案内し、コーヒーをお出しする……という一連の業務を自分でやっていることに気付いて、冗談半分で番田にこう言ったんです。『お前、秘書なんだから俺にコーヒー淹れてくれよ。お前が社長で、俺が秘書みたいじゃないか』と。
すると番田が『めっちゃいいじゃん! 俺やるよ。やるからその体作ってくれよ』と言ったんです。それが、接客だけでなく配膳もできる大型の分身ロボット『OriHime-D』の構想が誕生した瞬間でした。移動困難者でも、誰かに何かをしてもらうだけではなく、自分の意思と操作で誰かにコーヒーを出し、『ありがとう』と言ってもらえる。その“肉体労働”を伴うホスピタリティこそが、社会とつながるための最もピュアで、かつ強力な一歩目になると確信したんです」
↑DAWN店内をスムーズに移動し、飲食物を配膳している「OriHime-D」。
__番田さんと共に見た夢が、いよいよ形になろうとしていたのですね。
吉藤「ええ。しかし2017年に彼は亡くなってしまいました。プロジェクトを全て止めてしまおうかと思ったこともありましたが、彼がかつて『自分の人生はただ生かされているだけではないのか。こんな体だからこそ、生きた証を残したい』と切実に話していたのを思い出し、それをなんとか実現させたいと思ったのです。
そこで2018年、全財産を投げ打って『分身ロボットカフェ』の第1回実験をスタートさせました。SNSで『寝たきりでも働ける仕事を研究したい。一緒にやってくれる人募集』と、得体の知れない呼びかけをしたのですが、謎の怪しいプロジェクトにもかかわらず(笑)、30もの応募がありました。その中からお声がけした10人のパイロットたちと共に挑んだ10日間の期間限定カフェは非常にうまくいき、翌年にはスポンサー企業が現れました。それからも試行錯誤を重ね、さまざまな実験を繰り返して、2021年にようやく常設店(DAWN)をオープンすることができたんです。クラウドファンディングの支援の輪が広がり、2年間は運営できる資金を確保したうえでのスタートでした」
__まるでドラマのような展開ですね! オープン後は、順風満帆に今のような賑わいに至ったのでしょうか。
吉藤「いえ、常設店になってからの2年間は赤字続きで苦しかったです。コロナ禍も重なり、1日のお客様がわずか1組という日もありました。パイロットたちは、誰も来ない店内の映像を、モニター越しにただぼーっと眺め続けるしかない。その孤独感は相当なものだったと思います。
2023年の初めには、パイロット全員に経営状況を正直に話しました。『このままでは維持できない。やり方を大きく変える。自分たちの居場所を守るために力を貸してほしい』と伝え、英語対応に力を入れるようにしたんです。当時は誰も英語を話せませんでしたが、パイロット同士で勉強会を開いたり、英語の読み方をカタカナ表記にしたカンニングペーパーを作ったり、AIで翻訳ツールを自作したりする人まで現れた。私からそういった指示を出したわけではなく、皆さんが自分事として受け止め、主体的に動いてくれたんです。そのおかげで世界中からお客様が来てくださるカフェになり、経営も安定しました」
↑採用するパイロットとは必ず丁寧に面談し、会社やDAWNの歴史を自ら伝えているそう。強い信頼関係がうかがえる。
変化し続けることを恐れない。オリィ研究所が描く「夜明けの次」
__OriHimeを見ていると、カフェだけではなくあらゆる場所で活躍できそうだと感じます。
吉藤「そうですね。OriHimeを肩に乗せて日本橋を観光するガイドツアーもサービス提供していますし、自治体や民間企業の受付などでもOriHimeが働いていますよ。個人・法人問わず誰でもレンタルできるロボットなので、DAWNはそのショールームも兼ねているんです。ただ、目指しているのは単に『ロボットが働く姿を見せること』ではありません。
私はパイロットたちを『寝たきりの先輩』と呼んでいます。誰もがいずれ老い、体が動かなくなる日が来ますし、怪我や病気、家族の介護といった事情で突然家から出られなくなることがあるかもしれない。その時に、先輩たちが切り拓いてくれた『分身で働く』という選択肢があれば、みんなが社会とのつながりを諦めずに済みますよね。DAWNは、そんな未来のインフラを見せるためのショールームです」
__「寝たきり」という言葉から、明るい印象を受けることがあるとは思いませんでした。
吉藤「寝たきりになっても昇進したり、人事権を持ったり……そんな風にキャリアアップを目指して成長し続けていられる、そういう場所が作れたらいいなと思っています。”寝たきりの人が店長を務める店“とか、良いですよね。
その前段階というわけではないですが、遠隔でコーヒーを淹れられる「テレバリスタ」というロボットがDAWNにあります。元バリスタのパイロットがおいしい一杯を振る舞ってくれますよ。他にも、板前やシェフ、パティシエといった確かな技術を持つ人が、体が動かなくなっても再び腕を振るえる仕組みも開発していきたいなと考えています。
↑「DAWN店舗奥のカウンターから店内を見守る「テレバリスタ」(共同開発:川田テクノロジーズ)」。
__体が動かせなくなっても、誰もが「自分は誰かの役に立っている」と実感できる社会にするために、私たちが今日からできることは何でしょうか。
吉藤「まずはあまり難しく考えず、ぜひDAWNへ遊びに来てください。日本語を話せる皆さんが来てくれるだけで、パイロットたちは『今日は日本語で話せた!』と大喜びしますので、人助けだと思ってぜひ(笑)。私はDAWNが、訪れる方も迎える方もワクワクする、“エンタメ“を楽しむための場所だと思っていますから。
2027年には、ファミリー向けの「分身ロボットカフェ横浜店」もオープンします。日本橋のカフェ(DAWN)は「夜明け」というテーマで始めましたが、横浜店はどうなっていくかまだわかりません。もしかしたら、”夜明けの次“に進まなくてはいけないかもしれないですね。そういうところも含めて、私はやはり『変化し続けることを恐れてはいけない』と思っています」
企業情報
株式会社オリィ研究所は、「人類の孤独を解消する」を理念に掲げ、障害・病気・介護・子育て等の理由で外に出ることが難しい「移動困難者」の選択肢を豊かにするサービスを研究開発・提供しています。
展開サービス:
- 遠隔操作でありながら「その場にいる存在感」を共有できる分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」
- テレワークでの肉体的社会参加を可能にする分身ロボット「OriHime-D(オリヒメディー)」
- 重度障害があっても目や指先などの僅かな動きだけでコミュニケーションを可能にする意志伝達装置「OriHime eye+Switch(オリヒメアイプラススイッチ)」
- 外出困難者が”パイロット“として分身ロボットOriHime・OriHime-Dを遠隔操作し、オーダーや配膳、お客様との会話など接客を行う「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」