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さまざまな企業のSDGs活動

日本出版販売株式会社さま

【日本出版販売株式会社とSDGs】100年先の未来にも「本を読む文化」を残すため、出版流通改革に取り組む

日本出版販売株式会社さま

メディアカンパニーである株式会社ワン・パブリッシングは、お仕事でご一緒する企業様のSDGs活動を取材し、発信しています。今回お話を伺ったのは、出版物の流通を担う日本出版販売株式会社(以下、日販)。出版物を出版する当社にとっても、なくてはならない存在です。

日販は、1949年の創業時から出版社から本を仕入れて書店に卸す「出版取次業」を中心に、幅広い事業を展開してきました。2021年5月には、100年続く出版流通の未来をつくるための「出版流通改革」を発表。出版物の多様性を維持し、書店様の経営の持続を実現するため、出版流通の根本を見直し、日々改革に取り組まれています。改革の内容や日販が取り組むESG(※1)のこと、そしてこれからの出版業界について、代表取締役社長の奥村景二さんにお話を伺いました。

(※1)Environment(環境)Social(社会)Governance(ガバナンス)を組み合わせた言葉。SDGsは持続可能な社会を実現するためひとりひとりが取り組むこと、ESGは企業経営の中で取り組むべき課題として位置付けられている。

<プロフィール>
日本出版販売株式会社 代表取締役社長 奥村 景二
大阪府枚方市出身。関西大学経済学部を卒業後、1987年日本出版販売株式会社へ入社。大阪支店長、関西・岡山支社長などを経て、2015年日販グループ会社である株式会社MPD代表取締役社長、2018年常務取締役営業本部副本部長に就任。2020年から日本出版販売株式会社 代表取締役社長に就任、現在に至る。

出版社と書店、そして読者をつなげ、文化を育む「出版取次業」

__1949年に創業された日販ですが、改めて事業内容について教えてください。

「創業より、出版社から書店に本を卸す出版取次業を生業としています。書店やコンビニで、私たちは当たり前のように雑誌や書籍を購入できますが、出版社からお預かりした出版物を全国へ届ける、それが弊社の役割です。『独立と連携』をキーワードに、2019年にホールディングス体制に移行し、現在は約30のグループ企業から構成されています。 出版取次業以外にも、ブックホテル『箱根本箱』や電子コミック・小説の企画、編集、制作を行うコンテンツ事業、イベントの企画運営や資格・検定の運営トータルサポートを行うエンタメ事業など、事業領域を拡大してきました。


__イベントや検定の運営などのように、実はこれも日販さんだった、なんてこともたくさんありそうですね。2019年にホールディングス化されたとのことですが、どのような背景があったのでしょうか?

「ホールディングス化の準備は2018年頃から進めていました。我々は70年以上にわたり、本を流通させる取次事業に取り組んできました。そこで私たちが担ったのは、全国津々浦々たくさんの人に文化と幸せを届けることです。これまで個々のグループ企業と連携し、さまざまな事業展開を行ってきましたが、軸にあるのはやはり取次。個々に取り組んでいたグループ企業をホールディングス化し、“つながり”を作ることで、さらに大きく成長させられると考えたのです。『人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける』というグループ経営理念もホールディングス化する際に策定しました。この理念には、『創業の頃より、私たちは人々に本を届け続けてきたが、実はその本質は、1冊の本に留まらず、人が文化と出会うことによって生まれる歓びや豊かさであり、それこそが、私たちがこの先も届け続けるものである』という思いが込められています」

__未来がある素敵な理念ですよね。

「日販グループ全体で、豊かさを届けるということに挑戦し続けます。そのなかで出版業界においては、近年、電子書籍やオンラインメディアの普及など、出版の定義が大きく変わってきています。その結果、『まち唯一の書店がなくなってしまった』『若者が書店へ行かない』なんて声も聞くようになりました。書店は私たちの生活を豊かにしてくれる存在です。一筋縄では解決できないような課題が多くありますが、私たち日販は取次として、持続可能な出版流通を構築できるよう、日々取り組んでいきます」

「出版流通改革」と「ESG」について

__ 2021年に発表された「出版流通改革」について詳しく教えてください。「持続可能な出版流通」というテーマもそこのなかに含まれるのでしょうか?

「書店の数が減り、1店舗あたりの配本数も減少する一方で、輸送費や人件費は上昇しています。そのため、本を届けるだけでは遅かれ早かれ事業が立ち行かなくなる可能性があります。書店やコンビニに行けば、当たり前に書籍や雑誌が並んでいるので、本を買う側の人は実感しにくいかもしれませんが、今のままの流通方法ではいつか破綻してしまいます。出版社も、書店も、取次も、出版に関わるすべての人たちがその事実を知り、自分ごととして考えていこう、そんな思いを込めて推し進めているのが『出版流通改革』です。業界インフラを根本から見直し、出版物の多様性を守り、書店様が経営を続けられる仕組みを作っていくことで、持続可能な出版流通を実現させていきたいと考えています。そして私たちは、この出版流通改革がESGと表裏一体のものだと考えています。業界のインフラを見直し、地球環境や労働環境にやさしいビジネスや流通に変えることは、CO₂削減や社会貢献にも繋がるものだからです。」

__持続可能な出版流通といっても、多方面で課題があると思います。まずどんなところから取り組み始めたのでしょうか?

「社会課題として、CO₂排出量を減らすことが求められていますが、本を届けるためには、CO₂を一定量排出し続ける輸送トラックが欠かせません。現状、書店に本を届けて全ての本が売り切れることはほとんどなく、40〜50%が返本されています。つまり、倉庫から書店へと持っていく本だけでなく、書店から倉庫へ返品される本の輸送も必要になっているのです。このままでは、ドライバーさんに負担がかかりますし、無駄なCO₂も多く排出されてしまいます。ここをまず解決しよう、そんな第一歩を踏み出したところです」

__具体的にどんな取り組みをしているのか教えてください。

「返品問題の解決のため、マーケットに合わせた流通量の適正化に取り組んでいます。ただ量を減らすということではなく、売上拡大と返品削減で書店様の粗利改善を目指す施策です。また、配送コースの再編も進めています。現地配送の効率の悪さを改善するため、運送会社とともに最も効率が良くなる配送コースへと組み替える取り組みです。コース数が減ることで、結果として、CO₂排出量の削減につながります。配送だけでなく、サプライチェーン全体の視点では、取次会社間の物流協業や、弊社内の物流拠点の統廃合、物流センターにおける再生可能エネルギーの活用など、様々な角度からCO₂排出量削減に取り組んでいます。王子流通センターの3号館は、2021年に導入した太陽光発電に加えて、2022年4月からは、再生可能エネルギー由来の電力に100%切り替えたことで、実質CO₂ゼロの物流センターとして稼働しています。これにより、CO2排出量を約660トン削減できます。労働環境改善の視点では、王子流通センターのトラック発着バースに予約受付サービス「MOVO Berth」を導入したことで、トラックがセンターに入場してから積み込みや荷下ろしといった作業を開始するまでの待機時間を大幅に短縮することができました。このように、地球環境にもドライバーさんにもやさしい出版流通の実現を目指しています」

__地球環境についてもお話しがありましたが、御社ではSDGsではなくESGを意識された経営をされています。

「ESGは企業経営における重要な要素です。ESGに配慮しながら事業活動をすることが、SDGsで定められている目標達成にもつながると考えています。2022年2月には、グループ独自のスローガン『“やさしいみらい”を新たな文化に』を掲げポスターを作成しました。ESGの委員会も新設し、Web社内報での啓蒙や社員参加型企画を通じて理解を深めるとともに、行動を促しているところです。また日経ESGフォーラムの会員にもなっているので、社員には学習の機会も提供しています」

__まさにこれから、というタイミングかと思いますが、ESGを取り入れたことで社員の意識が変わったことなどはありますか?

「環境面での取り組みでは、社員ひとりひとりが、環境活動に意識的に取り組むことが増えたように感じます。私もマイボトルを持ち歩くようになりましたし、来客用の飲み物をペットボトルではなく紙パックのものに変えたり、事業部ごとにペーパーレス化を推進したり、小さな動きではありますが、強制しすぎずじわじわと続けていくことを心がけています。また環境ではなく社会の観点では、ダイバーシティを重視した人材活躍を推進しています。多様な価値観を持った人たちが安心して働き続けられる環境づくりにも取り組んでいるところです」

__『ESGレポート2021』を拝見したところ、グループ全体の育休取得率は女性が100%でしたよね。この数字には驚きました。

「厚生労働省が発表した育休取得率は、2021年度で女性が85%、男性が14%です。そこと比較すると、当社は女性だけではなく、男性の育児休暇は36%と高い割合なので、男女共に育休が取得できている状況だと思います。これは社会全体で言えることだと思いますが、働き方が多様化し、女性の活躍もさらに求められるようになりました。現在、女性管理職比率は15%なのですが、ここを2030年までに30%以上にしようと取り組みを進めています」

__それは、かなりスピーディかつドラスティックな変化ですね! 変わってきているのですね。

「これまで男性社員が大半だったのですが、この10年で女性社員の割合が増えています。すでに20代社員は、女性の方が多いですよ。今年の新入社員も、男性が11人、女性が23人。性別関係なく、誰もが安心して働ける環境を作っていきたいと思っています」

環境に配慮することは、普通のこと。意識が高いわけじゃない

__ESGのSについても詳しく伺いたいのですが、以前から続けている社会活動はありますか?

「いくつかありますが、長く続いているものであれば、1964年から毎年12月に行っている『日販よい本いっぱい文庫』でしょうか。この取り組みは、社会福祉施設などへ本を届ける活動です。当社の社員で、本に関心のない社員はいないので、DNAとして本を通じて社会に貢献したいという想いは持っているのだと思います。社内の人間だけでなく出版業界全体にも、この想いを広げていければいいですよね。本や出版に関わっている人なら、本の未来に貢献したいと考えているはずなので」

__100年先の未来にも「本を読む」文化を残したいですからね。少しずつでも現状を知って、課題を解決していくことが大切だと奥村さんのお話を聞いて感じました。

「これまでの“当たり前”をアップデートできてない人もまだまだいます。本は返品されて当たり前、ペーパーレス化はできないなど、昔の価値観のままでは、未来に本を読む文化をつなぐことはできません。それに、新しい価値観を持った若い世代がついてこないと思うんですよ。環境に配慮するのは、意識高いのではなく、もはや当たり前のこと。自分の価値観がどこに置かれているのか、現状を知らないと前に進めませんから」

現状を俯瞰することで課題が見えてくる

__今後の目標と、奥村さんが思う出版業界の希望を教えてください。

「数値的な目標では、2030年までに出版流通に係るCO₂排出量マイナス26%を実現し、SDGsの達成にも貢献していきたいと考えています。さまざまなことがデジタルになっていますが、映画館で映画を見る、美術館で絵画を見る、紙の本で文字を読むなど、人間が絶対に離れられない領域って今後も残っていくと思います。食べ物と同じくらい、暮らしには欠かせないことですから。その作り手、売り手は変わるかもしれませんが、我々が生き残る術は必ずあります。でも、『今までやってきたことをそのまま続ける』では、生き残れない。どう変わるか、続けるためにどんな行動をするか、それを考えていけば、希望なんていくらでもあると思っています。今より良い時代にすることが、私に課せられたミッションですかね」

__希望に近づくために、奥村さんが心がけていることはありますか?

「最近よくmeta(メタ)って言葉を聞きますよね。このメタには、俯瞰してみるとか、外から眺めるという意味も含まれているので、『メタる』ことを心がけています」

__「メタる」とは、新鮮な表現ですね!

「日販だけでなんとかしよう、社内だけで解決しようと視野が狭くなってしまうことってありますよね? そんな時、メタってみると思わぬところに解決のヒントがあったりします。壁を作って個々に取り組むのではなく、俯瞰して現状を見ることができれば、社会全体の課題が見えてくるはずなんです。私たちの出版取次事業は、なにか特別な技術が必要な職種ではありません。人々の思いとか発想、考え方で世の中を豊かにすることができる仕事だと思っています」

__出版業界全体が「メタる」ことで、大きく社会が変わりそうですね!

「出版業界に関していえば、私たちのアクションだけでは解決できません。出版社、書店、読者の連携がないと、今ある課題は解決できないと考えています。だからこそ出版業界に関わる全ての人が手を取り合い、100年後の未来でも当たり前に本が読める文化を残していきたいと思います」

企業情報

70年以上にわたって、日本の出版文化を支える取次会社。約3200社の出版社、5000店の書店、32000店のコンビニエンスストアと取引し、1日あたり450万冊以上の雑誌・書籍を取り次いでいる。2019年にはホールディングス化され、約30のグループ企業で新たな価値を創出し続けている。