メディアカンパニーである株式会社ワン・パブリッシング(以下、ワンパブ)は、お仕事でご一緒する企業のSDGs活動を取材し、発信しています。7回目の今回は、1953年に日本初のテレビ本放送を開始し、今年の2月にテレビ放送70周年を迎えた日本放送協会(NHK)です。
いまや日常的に見聞きするようになった「サステナビリティ」や「SDGs」という言葉ですが、NHKの番組で初めて知った、という人も少なくないはず。NHKでは、CO2排出量の削減や環境にやさしい素材を美術セットに取り入れるなど放送局ならではの取り組みを強化しながら、継続的にこうした環境活動の情報発信を行っています。今回は、総務局長の栫健一郎さんと、『あさイチ』の美術チームの一員として活躍するデザイナーの清絵里子さんに、『NHKが取り組む環境経営のこれまでの歩みと、これから』についてお話を伺いました。
<プロフィール>
日本放送協会 総務局長 栫 健一郎
神奈川県藤沢市出身。1989年入局。東京・渋谷の放送センターと、新潟、名古屋、大阪放送局でおもに人事労務、事業(イベント)部門などの職務を経て、2022年より現職。環境経営事務局長を兼任。
日本放送協会 デザインセンター 清 絵里子
静岡市出身。2007年入局。2023年にリニューアルする「いないいないばぁ」や「阿佐ヶ谷アパートメント」の美術を担当。美術用品SDGsプロジェクトメンバーとしても活動。無駄の少ないデザインと行動を心掛けている。
SDGsが採択される以前から環境・教育・福祉に関する情報を提供
―2023年2月にテレビ放送70周年を迎えたNHKですが、その歴史と現在の事業内容について教えてください。
栫「1953年に日本初のテレビ本放送を開始しましたが、それまではラジオ放送を主業としていました。1926年に社団法人日本放送協会が発足し、テレビ放送が始まる3年前の1950年に現在の放送法に基づく特殊法人 日本放送協会を設立しました。テレビ放送が始まってから約35年後の1989年には、衛星放送の本放送を開始しています。このように、情報発信の主体はラジオからテレビへ、そしてテレビ放送もアナログからデジタルへ、さらには4K、8Kへと、時代とともに進化してきました。現在は、全国54の放送局と世界29の取材拠点を持ち、さまざまな番組を提供しています」
―テレビ放送から70年と聞くと長い歴史を感じますが、出来事一つひとつを見ると非常に速いスピードで進化してきたんですね。現代は、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の4大メディアに加えて、「第5のマスメディア」と呼ばれるwebメディアやSNSが登場し、メディアの定義が多様化しています。このような環境下において、公共放送を担うメディアとして、日頃から意識されていることがあれば教えてください。
栫「どんな時代でも情報の社会的基盤であることを意識し、正確で信頼できる情報をお届けすることを心がけています。みなさまに支えられて成り立つメディアですので、視聴者様に納得いただける質の高いコンテンツを制作することも重要なミッションの1つです。みなさまの価値観や考え方が多様化した現代においては、時代の変化に合わせて“いつでも・どこでも”公共メディアとしての情報をお届けできる『新しいNHKらしさの追求』を進めています」
―NHKでは、いつ頃からSDGsの取り組みを始められたのでしょうか?
栫「NHKでは、SDGsやサステナビリティという言葉が広く使われるようになる前から、教育テレビを中心にさまざまな情報を発信してきました。2006年に放送をスタートした世界中の生きものを紹介する『ダーウィンが来た!』や、2012年に放送を開始したバリアフリーバラエティ『バリバラ』などは、視聴者様からも大変ご好評いただいている番組です。直近ですと昨年9月にSDGsの具体的な行動を呼びかける番組『1.5°Cの約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』をNHKと民放の6局で連動し、放送しました」
―SDGsが採択されたのは2015年ですが、それ以前からSDGsで掲げられているテーマに関する情報を発信していたんですね。番組を通じた情報発信の他に、NHKでは事業主体者としてどのような環境経営に取り組んでいるのでしょうか?
栫「事業者として自らも社会のサステナビリティを推進する活動を実践し、環境経営に取り組むことが大切だと考えています。ここからは『あさイチ』のスタジオに移動して、美術担当の清よりお話させていただきますね。環境に配慮した美術セットがたくさんありますよ」
美術セットの“当たり前”を見直す
―清さん、よろしくお願いします。ここにある美術セットは、環境に配慮したものが多いとお聞きしました。どのような取り組みか教えてください。
清「現在お越しいただいているのは、2022年4月にリニューアルした『あさイチ』のスタジオです。いくつかあるので、順番にご紹介させてください。まず大きく変わった箇所としましては、テーブルの天板や壁面に再生素材を使用したことが挙げられます。番組のリニューアルコンセプトである“きょうも、私アップデート”にちなんで、美術セットもアップデートしよう、と採用しました。
毎回使うアイテムですと、いままで石油由来の素材を使っていたフリップを段ボール素材に変更しました。画面越しでは側面は映らないので伝わりにくいのですが、よく見ていただくと段ボールだとわかるかと思います。従来のフリップに比べ生産時のCO2が削減されますし、これまでは使い捨てされていたものをリサイクルもできるようにしたんです。
また特集コーナーでは大きなフリップを使った”めくり”から、モニターの使用へとシフトチェンジしました。これもあまり気づかれていないアップデート部分かもしれません(笑)」
―モニターに変わっているのは、自然すぎて気づきませんでした!
清「意外とデジタル画面になっても印象は変わらないですよね。ちなみに、このホルンを使ったランプはアップサイクル(※1)された小道具なんです。セットをチェンジする際に美術スタッフにコンセプトを伝えたところ探してきてくれました。SDGsの流れはデザイナー同志にも浸透し始めていて、新番組をデザインする際には終了番組のセットパーツを加工して再利用したり、小道具を新番組に譲ったりしています。そこで新しいコミュニケーションが生まれて、今までにないデザインの現場を作り出すことができています。」
(※1)本来であれば捨てられるはずだったものを、より価値の高いものへと生まれ変わらせること。
―すごく素敵な取り組みですね。美術セットは通常、番組ごとに制作し不要となったら廃棄されてしまうものなのでしょうか?
清「そうですね、数年前までは番組終了とともに捨てられてしまうことがほとんでした。中には一定期間、倉庫で保管する美術セットもありますが、スペースにも限りがあるため、全てのものを保管することは難しいんです。そこでNHKでは2010年代から、3R『ゴミを減らすReduce・繰り返し使うReuse・再資源化するRecycle』を推進しています。Reduceの例ですと『クローズアップ現代』のスタジオでは、椅子やテーブルは本物ですが、背景はグリーンバックを使ったバーチャルセットにしており、廃棄物を減らす番組づくりを心がけています。Reuseは、柱や壁などを他番組と共有することで廃棄する量を減らしています。番組の垣根を超えて美術セットを共有したことで、2016年からの5年間で34%の廃棄量を削減しました。とはいえ廃棄物はどうしても出てしまうものなので、NHKでは、リサイクルできる素材をスタジオのセットに使うことを心がけたり、出てしまったゴミはリサイクルし易いように、木材・古紙・金属・それ以外の4つに分別したりしています。」
―番組の裏側はなかなか知る機会がないのでとても勉強になります。個人的にはもっと番組内で発信してほしいと思いました!
清「なかなか視聴者様に伝わりにくい部分ですよね。コツコツと進めている部分なので、番組をご覧いただく際に、ちょっと意識してみるとさらに楽しんでいただけるかと思います。また、部局内で有志を募り、集まった約10人のデザイナーを中心に『テレビのカケラでなにつくる?』というアップサイクルを学ぶワークショップを企画し実施しました。紅白歌合戦や大河ドラマで使われたセットの廃材・端材を使ってお子さんと一緒に工作を楽しめるものです。どの番組で、どのように使われたものなのかを説明すると、お子さんも目をキラキラさせながら工作に取り組んでくれます。今後も全国で1~2か月に1回ほどのペースで実施していく予定です。」
理屈より「見える化」することで、環境問題を自分ごとにできる
―スタジオを拝見し、とても勉強になりました。続いて「NHK環境経営アクションプラン2021-2023年度」についてお伺いさせてください。アクションプランでは、2025年度末までにNHK全体の25%に値する約48,000tのCO2排出削減が目標として掲げられています。これは、東京・渋谷の放送センターで1年間に電力使用により排出されるCO2の量に相当するそうですね。この量をゼロにするというのは、非常に大きな目標のように感じますが、実現見込みはいかがでしょうか。
栫「番組制作に電力は欠かせません。電力の使用をゼロにすることは難しいですが、例えばオフィス部分では、照明器具を従来の蛍光灯などからLEDにしたことで消費電力を約80%削減できました。制作現場での省エネの取り組みも着実に進んでいます。また、放送センターの建て替えや新たに建設する地域の放送局には、省エネ効果の高い設備や太陽光発電などを導入するようにしています。グリーン電力の導入や日頃の節電などの地道な活動によって、NHK全体で2025年度末までに25%のCO2削減は可能だと考えています」
―小さな積み重ねが大切なんですね。職員の方々が日々取り組まれていることがあれば教えてください。
栫「身近なところですと渋谷の放送センター内に給水スポットを設置したことでしょうか。放送センター内には5,000人以上の職員に加え大勢のスタッフが働いています。給水スポットの設置によりマイボトルを持参する人が増え、今では全国の放送局にも取り組みが拡大しています。また、2022年度は、コンテンツ制作部門で環境に良い取り組みをしているチームを表彰する制度も新設しました。『あさイチ』も表彰されたチームのひとつなのですが、事例を社内で共有することで働く人たちの意識も変わってきているように思います。今後も、部局を横断して環境問題やSDGsの取り組みを“自分ごと化”してもらえるような取り組みを進めていきたいです」
―NHKでは、全国で1万人以上の方々が働いているんですよね。大規模な組織なので、職員一人ひとりの意識が変われば、その家族や友人、周りの人たちにも影響して大きな広がりになりそうです。
栫「確かにそうかも知れませんね。私たちも番組を通じてSDGsに関する情報をお伝えするだけでなく、自らの取り組みもアピールしていく必要があると感じています」
質の高い番組をつくるだけでなく、生み出すプロセスも一流を目指す
―先ほど少しお話しもありましたが、今後の目標について教えてください。
栫「引き続き、より高品質な番組やコンテンツ制作を行っていくことはもちろんのこと、事業者としての取り組みも重視していきたいです。どんなに質の高い番組を制作していても、その番組を作る過程で環境に過度に負荷をかけるなど、SDGsに反するような活動をしていては意味がありません。実際にご覧いただく番組やコンテンツの見える部分だけでなく、視聴者様には見えない部分でも一流でありたいと考えています」
―ここ数年でSDGsが一般的な用語になり、多様な価値観も生まれました。視聴者の意識も変化しているので、先ほど清さんからお話しいただいたような取り組みは番組を見るきっかけの一つになるとも感じます。
栫「ありがとうございます。とりわけ環境問題については、私たちの世代よりも若い世代のほうが高い関心を持っていると感じます。就職活動中の学生さんから『NHKでは環境に対してどのような取り組みをしているのか?』といった質問を受ける機会が増えているのも事実です。見えない部分、伝えられていない部分も丁寧に発信していくというのは地道な活動ではありますが、非常に大切なことです。一気に何かを変えるのではなく、コツコツとできることから進めてまいりたいと思います」