株式会社ワン・パブリッシング(以下、ワンパブ)は、さまざまな企業のSDGsに関する取り組みとその活動を、インタビューを通して紹介しています。15回目は、空間づくりのプロフェッショナルとして知られる株式会社乃村工藝社です。
同社は、「空間創造によって人々に歓びと感動を届ける」をステートメントに、空間の企画・デザインから施工、運営までを⼿掛けています。昨今では、国産木材活用に関する商品開発といった、幅広い分野でサステナブルな価値提供にも取り組んでいます。その中から今回は、感覚過敏や発達障害など、多様な特性を持つ人々が安心して過ごせるように設計された空間「センサリーフレンドルーム(以下、センサリールーム)」を取り上げます。同社の研究開発組織「未来創造研究所」で空間のアクセシビリティやセンサリーフレンドリーな空間づくりの企画・デザインに携わる松本麻里さん、営業・プロジェクトマネジメントを担当する堀池勇綺さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
株式会社乃村工藝社 未来創造研究所 デザインディレクター
「インクルージョン&アートデザインラボ」リーダー 松本麻里
武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科を卒業後、乃村工藝社に入社。美術館・博物館などの展示デザインに携る。2015年「未来の子どもたちのための場と仕組みをつくる」をコンセプトに、空間づくりと育児の経験を活かしたプランニング、 デザインの提案、産学連携の調査研究などを行うTeamMを発足。現在は、社内研究開発組織「未来創造研究所」にて「インクルージョン&アートデザインラボ」のリーダーを務める。多様な人々が「文化芸術体験を介して社会や世界とつながり新しい価値観と出会う」をテーマに、ユーザーや当事者と共に誰もが心地よく過ごせる場とアクセシビリティ向上のためのプランニング・デザインを行う。
株式会社乃村工藝社 未来創造研究所
「インクルージョン&アートデザインラボ」センサリーフレンドリープロジェクト マネージャー 堀池 勇綺
乃村工藝社入社以来、企業PR施設や、資料館、イベントなど様々な空間や体験づくりを担当。現在は、社内のクリエイティブチーム「コンテンツ・インテグレーションセンター(CIC)」に所属し、プロジェクトマネージャーとして、コンテンツを活かした体験価値の創出を行っている。また、社内研究開発組織「未来創造研究所」にて「インクルージョン&アートデザインラボ」のセンサリーフレンドリープロジェクトのマネージャーとして「誰にでも使いやすい空間づくり」の実現に向け、調査研究、「センサリールーム」や体験装置、デザインアイテム開発などのR&D活動にも取り組んでいる。
「初めて、試合をゆっくり観られた」
__「センサリールーム」と聞いても、ピンと来る人は少ないと思います。どういった場所なのでしょうか。
松本「このセンサリールームとは、主に感覚過敏の方や、じっとしていることが苦手な発達障害の方とそのご家族が、周囲を気にすることなく安心して心地よく過ごせるようにデザインされた空間のことです。
感覚過敏の方は、大きな音や強い光、人混みなどが苦手で、多くの人にとっては特に意識するほどではない刺激を『つらい』と感じてしまいます。スポーツ観戦やライブイベントなどに行きたくても、会場で落ち着いて過ごせないので行けないという例が少なくありません。そこで、大きな音やにおいを排し、光や温度を調節できるよう空間に様々な工夫を施しています」
__細部に渡り、過ごしやすいように配慮がなされているわけですね。センサリールームならではの備品もあるのでしょうか。
松本「市販されているフィジェットトイ、センサリートイ、と呼ばれるおもちゃなども用意しつつ、トンネルや光るテーブルなど当社で作ったオリジナルの体験装置も置いています。乃村工藝社にはデザイナーや制作スタッフがいるので、一から開発できるんです。デザイン性と機能性を両立させた空間づくりができるのは、私たちの強みだと思います」
__「トンネル」や「光るテーブル」とは、一体なんでしょうか。
松本「トンネルは進むにしたがって狭くなっていき、最奥には光が動き、無限反射する光の装置があります。トンネル内に入り、光を目で追っていると気持ちが落ち着く、というアイテムです」
堀池「テーブルは、さまざまな光の演出によって見る人の気持ちを落ち着かせるとともに、集中もさせられるアイテムになっています。丸いガラスのテーブルにセンサーを仕組んでいて、触れると光が明滅したり、色が変わったりします」
↑光るテーブル。光が直接目に入らないよう、光源の角度なども細かい配慮がなされている。
__他では見たことがないユニークなアイテムばかりです! どこに行けば、センサリールームを利用できるのでしょうか。
松本「現在は常設ではなく、スタジアムや商業施設などからお声がけいただき、その都度つくっている場所なんです。希望者には事前予約していただき、滞在中ずっと過ごせる空間として提供しています」
堀池「2022年から2025年までの実績として、センサリールームを15回設置しました。主にスポーツ観戦イベントでの導入が多いです」
↑2023年7・8月、試験的に設置したJリーグ松本山雅FC「センサリールーム」。
松本「センサリールームの初導入先はスタジアムで、野球観戦に訪れた感覚過敏の方とそのご家族をご招待し、どのような感想を持つかを調べる実証実験も兼ねていました。得られた気づきの中で特に驚いたのは、感覚過敏の当事者が落ち着いて過ごせることはもちろん、そのご家族の満足度が非常に高かったことです。『初めて、試合をゆっくり観られた』というお言葉を頂いたんです」
堀池「事業的な視点で言うと、今まで感覚過敏が原因で外出が難しかった方が、センサリールームがあれば家族と共にイベント会場に足を運べるということは、集客増にもつながります。事業者にとってもメリットがある取り組みにできるのではないかと感じました」
欧米では先例アリ。私たちが、空間づくりを通じて浸透させたい
__「センサリールーム」は、そもそもどのようにして生まれたのでしょうか。
松本「『未来創造研究所』が立ち上がった際、一人ひとりにとって心地よい空間を追求することを前提に、『未来の空間ってどんなものだろう? 空間の、新しい提供の仕方とはなんだろう』という議論をメンバーで重ねていました。
情報収集していくなかで、『欧米には、スタジアムなどに“センサリールーム”なる場所が設けられている』と知ったんです。日本にはまだそうしたが少なかったので、これは私たちが形にすべきだと考えました。
そうして始まったのが『ノムラ センサリーフレンドリー プロジェクト』。未来創造研究所が推進している6つのテーマのうち『インクルージョン&アート』に含まれる取り組みです。プロジェクト内容は空間のアクセシビリティをテーマにしており、センサリーフレンドリープロジェクトのほかにも色々あるんですよ」
__他にはどのようなプロジェクトに取り組んでいるのですか。
松本「やはり落ち着いて過ごすための設備なのですが、ひとつはオリジナルの『カームダウンブース』。休憩コーナーのベンチでは休まらないけれど、救護室に行くまででもないときにエスケープできるコーナーです。
空港などの公共施設や美術館で活用されています。センサリールームよりも設置しやすいので導入ハードルは低く、デザインや素材はメーカーによって様々ですが、当社の場合は運搬や組み立てが容易にできるデザインで開発しています」
松本「外出先でしんどくなったとき『救護室に行くほどではない。でも外のベンチに座っているだけでは身も心も休まらない』と悩んだことはありませんか? そういう、ちょっと一人になって落ち着きたいときに、誰もが気軽に使える“新しい共用部”なんです。外出先での困難は、感覚過敏の方だけに起こる問題ではないと考えて検討をしています」
堀池「他には、『センサリーバッグ』も開発しています。大きな音を軽減するイヤーマフや、触ったり見たりして心を落ち着かせるセンサリートイ(オイルタイマー、ハンドスピナーなど)を詰めたバッグのことで、イベント会場などで配布したり、貸し出したりしています。これらのセンサリー・フィジェットトイは、共同研究している有識者の方からアドバイスを頂きながら選びました。苦手な感覚から遠ざけるとともに、『好き』を見つけるきっかけにもしてもらえたらと思っています。センサリールームの設置が難しい環境でも、お出かけや外出の一助となれるツールです」
↑写真左がセンサリーバッグ。中央のイヤーマフやセンサリートイが、中に詰まっている。センサリールーム同様、欧米のスタジアムなどで導入が進んでいるという。
目指すは『すべての人に開かれた空間と体験』を実現できるデザイン
__聞けば聞くほど、センサリールームやカームダウンブースの普及が進めばよいなと感じます。イベント会場だけでなく、オフィスにもあったらうれしいですね。
松本「私たちとしてもこれらのプロダクトをイベント毎に仮設するだけではなく、常設化することで、より高いクオリティの空間が提供できると考えています」
__常設化に向けた課題は何でしょうか?
堀池「やはり事業性です。実証実験段階では好意的な声を多く頂くのですが、実際に予算を投じて実装できるかという点では、まだ課題が残っています。福祉的な意義だけでなく、事業者にとってのメリットがあることも提示していく必要があると感じています」
松本「センサリールームもカームダウンブースも、実際に設置すると多くの方の満足度は高いです。『こういう空間が必要』と気づいていただき、社会的認知度を上げることも、まずは第一歩だと思っています」
私たちが目指すのは、単なる空間設計ではありません。『空間と体験のアクセス フォー オール』、『すべての人に開かれた空間と体験』を実現できるデザインを、これからも手掛けたいです」
堀池「誰もが安心して過ごせる空間を、当たり前のものにしていきたいです」
企業情報
商業施設、ホテル、企業PR施設、ワークプレイス、博覧会、博物館などの企画、デザイン、設計、施⼯から運営管理までを⼿掛ける空間の総合プロデュース企業。グループ全体では、全国11拠点・海外9拠点、国内外7つのグループ会社で事業展開している。